寿司のシャリを残す批判に反論…の記事に違和感


少し前に「寿司のシャリを残してネタだけ食べる」という方々がメディアで取り上げられ話題となりました。糖質制限ダイエットのブームにより、すっかり米・パン・麺類などが悪者とされ敬遠されている事の象徴的な話題だったのですが、当然のごとく批判が集中することとなりました。

過剰なまでの糖質制限ブームに嫌悪感や危機感を抱いている層はもとより、糖質制限ダイエットを実戦されてる方々からも批判の声は多かったと思います。

そんな事があってからしばらく経ちましたが、この「寿司のシャリを残す批判」に反論しているという記事で再び「寿司屋でシャリ残す問題」に注目が集まってます。

シャリを残す人への批判 女性が憤慨「ラーメンのスープを残すのと同じ」
http://news.livedoor.com/article/detail/12205935/

一通り記事に目を通しましたが、どうも違和感しか感じない内容です。

タイトルの「寿司のシャリを残すのはラーメンのスープを残すのと同じ」だという主張はもとより、他にも記事の至る所に突っ込みがしやすいような箇所が意図的に散りばめられている気がしてなりません。

あえてタイトルに反論しますが、ラーメンのスープを残す事に対して批判が起きないのは、「スープはラーメンという料理の味を決める重要なファクターではあるが、ラーメンの本体はあくまでスープによって味の付けられた麺と具材である」という認識を多くの方が持っているからだと思われます。

したがって、寿司のシャリ=ラーメンのスープではありません。

置き換えるなら、糖質制限の観点からも「寿司のシャリ=ラーメンの麺」「ラーメンのスープ=寿司の醤油」というのが正しいのではないでしょうか?

実際、「ラーメン二郎で麺抜き」なんてのも話題になりましたしね。

かつて、おまけのカード・シール目当てにお菓子を買い、おまけだけ取ってお菓子を捨てるといった行為が蔓延した「ライダースナック」や「ビックリマンチョコ」などが社会問題になったこともある通り、もともと日本ではたとえ数十円の子供のお菓子でさえ「食べ物を残す」「お金を払っているのだから何をしても自由」という考え方に対して嫌悪感を抱く文化土壌があります。

なので、寿司のシャリを残すという行為(しかも目的がダイエット…)で批判が起きるのは当然といえば当然であり、批判の意見が大多数となりました。

そんな中、「あえて」批判されている側を擁護、それも理路整然と反論するのではなく、前述のような稚拙な理論でもって反論することで、そのような大多数の意見を持っている方々の注目を集める事となります。

このような手法は、ネット記事ではよく散見されますが、今回の記事もどうもそれのような気がしてなりません。

なので、実在するかわからないこの「霧島輝星さん」をバッシングしても記事を書いたライターさんの思うつぼかと思います。

でも、こうして反応してしまう事自体がライターさんの思うつぼなのかもしれませんけどね(笑

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コメント

  1. 丸猫 より:

    私も全く同じ意見を持ちました。
    いわゆるキラキラネーム、キャバ嬢といったプロフィールも誘いとしか思えませんでした(^^;;;

    架空の人物の意見とすることで、ライターさん自体への攻撃も避けることできますからね。